降臨賞」応募作品です。

天空人の降伏

天空軍から一人の少女が投降してきたのは、地上軍の宣戦布告から256日後のことだった。

いかに強固な装備と夢幻の技持つ天空人といえど、多勢に無勢だった。地上で高度に発達した科学は魔法と区別が付かない領域にまで達していたのである。

地上人にとって、かつて「空」はただの空でしかなかった。だが、科学の発達で飛空船が登場してからは事情が一変した。天空界の発見である。

空には空の民がいる。そして雲は彼らの大地だったのだ。天空人と彼らは呼ばれた。ついにそこまでたどりついた地上人を天空人は祝福し、天空の文化を惜しみなく伝えた。

彼らとの交流はしかし、つかの間のことだった。

天空界の石や金属は、地上ではありえない強度と美しさを備えていた。雲から編まれる糸もまた、絹など足下にも及ばない手触りと美しさであった。天空人のつくる酒は、まさに神酒であった。そこは地上人にとって、新たなフロンティアと呼ぶに相応しかった。天空との文化交流など、内情視察の建前でしかなかった。かくして、天空界発見から5年も経たずに侵略戦が始まった。天空人は、やむを得ず軍を結集して応戦したのである。

「空」から女の子が降ってきた。

だが、その少女の恐るべき目的は、地上軍の誰も知る由もなかった。

「空から女」

「空から女(そらからおんな)」。

それが20年前、天空から墜ちてきた女性の呼び名だった。

民衆は彼女の名を知らない。ただ、その夜に淡い光を帯びながら天空からゆっくりと王宮に舞い落ちる姿を目撃した者は幾人もいた。噂が噂を呼んだが、空色の髪をした女だということしか定かではなかった。しばらくして、王子の婚礼が突然発表された。相手はあの「空から女」だった。その名はついに明かされぬままだった。

幾年して。王国は悪政によって麻のように乱れた。善良だった王の急死、どこか虚ろな目をした王子の即位、突如引き上げられた租税、抗議する輩の立て続けの投獄、処刑。かつて「実り多き幸いの園」と讃えられた国は荒れに荒れ果てた。

たまりかねた民衆はついに立ち上がり、近隣の諸国より傭兵を募り、反乱軍を編成した。

幾度も城門に攻め寄せたが、強固な守りに攻めあぐねていた。

ある夜、反乱軍の陣幕に、一人の男がひっそりと現れた。

王宮から抜け出してきたというその若者の髪は、この世のものとは思えぬ色だった。

「母を止めなければならない」

若者の語る恐るべき話に民衆は驚き、彼の決断は歓喜をもって迎えられた。

「空から女」の子が降ってきた。

その報は、たちまち全軍に知れ渡った。